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滝の白糸(4) [読書]

■悲劇
 さて、これが悲劇の始まりとも知らず、欣也は東京で勉学に励み、滝の白糸は、欣也に仕送りをしつつ、欣也の母の面倒を見る一家の大黒柱になった。白糸は欣也の学問の進行状況には無頓着であり、欣也もそれをあえて報告することはなかったが、このことが、悲劇を起こす。
 欣也の学問が終了するのにあと「3か月」になったある日、白糸は、夜、強盗に襲われ、欣也に仕送りするつもりだった「半年分」の学費百円を取られてしまう。白糸は、欣也が暮らしや学費に困ると思い、途方に暮れた。そして、自分を襲った強盗が残していった出刃包丁を使って、衝動的に金持ちの家に押し入って強盗をはたらき、百円を奪い、夫婦を殺してしまう。

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 「おかみさん、いろいろなことを行って気の毒だけれど、私の出たあとで声をたてるといけないから、少しの間だ、さるぐつわをはめてておくれ」
 ほとんど人心地あらざるまでに恐怖したりし主婦は、この時やうやう渠の害心あらざるを知るより、幾分か心落ち着き居つつ、始めて賊の姿をばみとめ得たりしなり。こはそもいかに! 賊はあらくれたる大の男にはあらで、とりなり優しき女子ならむとは、渠は今その正体を見て、くみしやすしと思へば、「どろぼう!」と呼びかけて白糸に飛びかかりつ。
 白糸は不意を撃たれて驚きしが、すかさず包丁の柄を返して、力まかせに渠の頭を撃てり。渠は屈せず、賊の懐に手をねじ込みてかの百円を奪い返さんとせり。白糸はその手に噛みつき、片手には包丁を振り上げて、再び柄をもて渠の脾腹にくらわしぬ。「どろぼう、人殺し!」とじだたらを踏みて、内儀はなほ荒らかに、なほけたたましく、「人殺し、人殺しだ!」と血声を絞りぬ。これまでなりと観念したる白糸は、持ちたる出刃を取直し、おどり狂ふ内儀ののどをめがけて唯一突と突きたりしに、ねらいを外して肩先をはね切りたり。
 内儀は白糸の懐に出刃をつつみし片袖をさぐりあてて、ひっつかみたるままのがれむとするを、たたみかけてその頭にきりつけたり。渠はますます狂ひて再び喚かむとしたりしかば、白糸は当たるを幸ひ滅多切りにして、弱る所を乳の下深く突き込みぬ。これ実に最後の一撃なりけるなり。
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 人が衝動的に殺人を犯すとき、誰しもがこんな精神状態になるのではないだろうか。白糸は、欣さんが困る、とこればかりを考えていた。切羽詰まった状態になったとき、人は倫理など考える余裕がなくなってしまうのだろう。
 白糸は、衝動的な行動にいったん出てしまったあとは、その行動を成し遂げるまで、一気に突っ走ってしまった。このような、計画性のない、衝動的な殺人事件は、昔から世の中にたくさんあるに違いない。

次回、裁判。


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