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震災に思う ~日本人の民族性~ [雑文]

 3月11日に起こった東日本の大震災の日以来、ブログの更新が止まっていた。僕は神奈川に住んでいて、揺れたこと以外では、被害らしい被害はなかったが、会社が停電するので、仕事は多少なりとも影響は受けている。まあ被災者の苦労に比べたら屁のようなものだ。こんなときに被災していない我々ができることで、一番大切なことは、経済活動を停滞させないことだと思う。ただでさえ不景気なのに、ここで経済が停滞してしまったら大変だ。

 陥りがちな間違いとして一つ考えられるのは、東北の人たちが大変な思いをしているのだから、我々が遊んでいるわけには行かないといって、娯楽を控えることである。みんながそう考えたら娯楽産業は潰れてしまう。経済はさらに停滞する。お金をとにかく回さなきゃいけない。だからといって、「よおし経済活動だ」と言いつつ買占めをやるのは、どうかと思うが。できるだけ今までと生活を変えないように努力しないといけない。ディズニーランドが好きな人は、開園したらじゃんじゃん行って、お金を落とすべし。

 ・・・なんていう話は、あちこちで専門家たちが議論している。僕みたいな素人が思いつくことはみんな気づいている。だから、ちょっと視点を変えてみたい。今回の震災で僕が考えたことである。

 「震災の中でも日本人の保つ冷静さ」に対し、世界中から賞賛の声が上がっているという。それは日本人のもつ民族性なんだよと考える。ならば、その民族性とはどんなものなんだろうかと、つらつら考えてみるに、それは「いざというときに全員が同じ方向を向く」という性質なのではないだろうか。

 元々が単一民族国家で、しかも島国だから、昔から美徳とされてきた価値観は似ている。最高の美徳は、おそらく滅私奉公、すなわち「自己を犠牲にして公に尽くす」というものであろう。

 ゆとりのある平時は、みな好きなことをして過ごしているから、そのような価値観はさほど目立たなくなっているが、今回のような一大事が起こったときは、隠れていた価値観が一斉に発現し、みな「私」を内に閉じ込めて「公」を意識し始めるのだ。なにが「公」のために必要なことなのかをみんなが一斉に考え始める。そうすると、結果的に、「みなが同じ方向を向く」ことになる。そして向いた方向が、時代の空気を作り出す。

 それで、このような性質は、災害のときなんかは非常に良い方向に働くと思うのだが、同時に危険な一面があることに今回気づいてしまった。というのは、民放のあるレポーターが、被災地の様子を生中継しているとき、自分が映っていないと勘違いして、「本当に面白いねえ」と言ったという話があるのだ。「被災地を見て、面白いなどと言うのはけしからん」と週刊誌で叩かれていた。この映像がYouTubeで公開されているのを見る機会があった。

 良くみると、このレポーターは、「また切・・!本当に面白いねえ。生・・は」と言っている。つまり生放送のときの機械の操作にまごつくスタッフの手際の悪さにイライラして、内輪に対して皮肉を言っているのであって、被災地を見て面白がっているのではないのである。(少なくとも僕にはそう見える)しかし、「けしからん」という噂が一人歩きしているようで、このレポーターはテレビから姿を消してしまったらしい。

 被災地のためを思うのが正義であるという思い込みが強すぎて、この価値観にほんの少しでも反する人が現れると徹底的に叩く。それが本心から出たものではない、単なる失言であってもそれを許さない。僕が考える危険な一面とは、こういうことである。

 おそらく、このようなことが、昔にもあったのではないだろうか。例えば、太平洋戦争の頃なんかだと、「戦地の兵隊さんの苦労に比べれば・・・」「欲しがりません、勝つまでは」と、国民のほぼ全員が 一丸になって戦争に協力したはずである。その空気の中では「戦争反対」など叫ぶことはほとんど不可能であったはずだし、逆にそのような人がいれば「非国民」として回り中から叩かれたであろうことは容易に想像ができるのである。それが仮に本心から出たものではなく、単なる失言であったとしても。

 被災者の救助、被災地の復興。今、日本人でこれに反対する人はいない。自分の価値観から見ても、日本人が日本のことを思うのは当然だと思う。しかし、そのような空気が出来上がっている今、過敏になりすぎて、ほんの少しの失言すら許容しないような状況が出来上がってしまうのは、非常に危険だと思う。例のレポーターのように、冤罪もどきの状況が起こって、社会的に抹殺されてしまうなどということが起こってしまうのだ。特にテレビに出て人の前に立って話す人たちは、ほんのわずかな失敗も許されないことになる。

 つまり、震災のときの日本人は、冷静であるように見えて、実は少なからず興奮しているということである。日本人は、自分達が持っているそのような性質を自覚する必要がある。そして失言した人に対しても寛容を忘れないようにする必要があるだろうと思った。
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たけのこ。

ひぐさん。


本当にその通りですね。
通勤中、キリキリしていた満員電車が震災後に、更に人が増しても誰も文句は言わない。

人が優しくなる光景を随所に目の当たりにしました。

だからと言って、電力不足故に日常のあらゆる全てを自粛する事は経済に対して命取りになるし、娯楽ですら、みんなで相談した上で決行する日本人の性質に、きっと何らかの支障が今後明らかに出てきますね。


被災地の方が今朝テレビで言ってたのは、「何でも自粛ばかりするより、被災してない地域からの楽しい情報を聞く方がよほど元気になる」とのコメント。


同じ方向にむく民族性だからこそ明るく明るく[exclamation×2]いかないと。
by たけのこ。 (2011-04-11 11:37) 

ひぐらし

たけのこさん、こんにちは。自粛はいけませんよ。本当に。被災してない人間が被災した人の分までお金を使わないといけないよね。募金ばかりに注意が行くけど、こんなときは、どんどんお金を使って経済を活性化しないとね。ただし、あんまり使いすぎると、被災してない人がみんな破産しちゃうから、そりゃあ、ほどほどにしないと。
by ひぐらし (2011-04-13 20:04) 

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