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ハインライン 「銀河市民」 [読書]

 以前、中1の終わりの頃に本の虫になったことを書いたが、その当時読んだSF小説の中で、唯一、<読めなかった> ものがあった。それが今回紹介する「銀河市民」という作品である。作者は、アメリカのロバート・A・ハインライン。確か中2のときだったと思う。
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 下の文は、ハヤカワ文庫の扉のページに書いてある紹介文である。
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「太陽系を遠く離れた惑星サーゴンでは、今およそ時代離れした奴隷市場が開かれていた。物件97号――薄汚れ、痩せこけた、生傷だらけの少年ソービーを買い取ったのは、老乞食<いざりのバスリム>である。彼の庇護の下、ソービーの新たな生活が始まった。だが、ただの乞食とは思えぬ人格と知性を持ち、時おり奇怪な行動を見せるバスリムとは何物? そして死の直前彼が催眠学習法によってソービーに託した、宇宙軍X部隊への伝言とは? 自己の身許を確認すべく、大銀河文明の陰にうごめく奴隷売買の黒い手を追って、やがてソービーは人類発生のふるさと地球へと向った・・・! SF界の王者遂に本文庫初登場!」

 そして巻頭に宇宙戦争のイラストが・・・
「襲い来る海賊船をめがけ、ソービーは原子弾頭つきミサイルを発射させた・・・」
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「これはおもしろそうじゃん!」と思い、買ったのだった。

 <読めなかった> とはどういう意味かと言うと、つまらなくて途中でやめたというわけではない。面白いことはわかるが、難しくて意味が理解できなかったのである。難しくても読み進めていけばなんとかわかるだろうと思って、とにかく読み進んだが、結局意味がほとんどわからないまま終わってしまった。「意味がわからないなら面白いかどうかわかるわけがないだろう」と言われるかも知れない。正確に言うと「これが理解できたらさぞかし面白いだろうな」という印象だけは残ったのである。

 今年の始めに帰省したときに、書棚にあったこの本を持ってきて読んでみた。さすがに大人になっただけあって今度は読めた。なるほどそういう話だったのか。面白かったので、さらにもう1回読んでみたら、新しい発見があってもっと面白かった。話に深みがある。噛めば噛むほど味が出る。スルメみたいだ。(笑) 中学生のときのを含めると都合3回通読したことになる。簡単にあらすじを書いてみよう。

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 バスリムは惑星サーゴンで乞食に身をやつし、あるスパイ活動をしていたが、サーゴンの治安当局にマークされ追跡の過程で死んだ。バスリムは自分の死後、重大な調査結果をメッセージとしてソービーに催眠学習で教え込み、銀河連邦宇宙軍のX部隊に届けようとしていた。

 そのためソービーは自由貿易商人(宇宙のあちこちの惑星を巡って、貿易を行う商人)の貿易宇宙船シス号に乗ることになった。船の一等航宙士はソービーを引き受けるときに、バスリムから受けた借りは返さねばならないと言った。宇宙をまたにかけて渡りあるく貿易商人が、一介の乞食バスリムから受けた借りとは一体何なのか。物語が進むにつれて、バスリムの正体と、「借り」の意味が少しずつ明らかになっていく。

 バスリムのメッセージの要請通り、ソービーはシス号から、銀河連邦宇宙軍の巡視艇ヒドラ号に引き渡された。そこでソービーは、バスリムと旧知のブリスビー大佐から、過去の全てのいきさつを聞いた。さらにソービーの身許が確認され4歳のときに海賊船にさらわれたある○○の息子であることが判明した。宇宙軍の船で地球に戻ったソービーは銀河の市民としての責任からバスリムの仕事を引き継ごうと決心するのだった。

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 この作品を中学生の頃に読めなかった理由を考えてみたが、大きくわけて二つある。まず徹底的なリアリズム。あらゆる場面が、いかにも現実の世の中にありそうな世界として描写されている。一つ例を挙げてみると、バスリムがソービーを奴隷市場で安価で競り落としたときに売り渡しの証書を書くが、そのときに印刷税というものがかかり、売値よりも税の方が高くなってしまった、などというエピソードである。世の仕組みを知らない子供は、大人の話についていけない。

 それからもう一つ、謎をあえて明確にしないところも特徴のひとつで、例えば自由貿易商人が「借り」と呼んだ事件の全貌は、大部分が商人側のタブーとして語られるので完全に語りつくされることはなかった。また、奴隷貿易の黒幕が誰かとか、幼いソービーが両親と共に乗っていた積荷の全くない、つまり襲う価値の全くない宇宙船を、海賊船が敢えて襲った理由などは、登場人物が推定として語るのみである。このような描写方法は、やはりリアリズムを追及するための意図的なものだと思われるが、これも中学生の頃の僕には「わかりにくさ」のひとつの原因になっていたのである。

 ヒドラ号のブリスビー大佐が、「地球(テラ)の歴史」としてソービーに語った興味深い話がある。「未踏の地を開拓者が訪れるときに起こることは、まず交易者がそこに入り込み、一山当てようとし、次に無法者どもが正直者を餌食にし、そして奴隷貿易が始まる」 この歴史に着眼したのが、そもそもこの小説の原点であり、ハインラインがそれをブリスビー大佐に語らせているのだと僕は理解した。

 大航海時代に欧州人が新大陸に進出したときに起こったことを、宇宙的な規模に拡張して発想したことは明らかなのだが、単なる空想では片づけられない現実味がある。実際に宇宙の果てに行けるかどうかは技術的な問題だし、そこに人がいて交易が出来るかどうかもわからないが、そのような科学的な検証はさておき、仮にそのような条件が整っていたら同じようなことがおこりそうではないか。21世紀の現代でも、まだ人身売買が摘発されているのである。

 奴隷貿易をテーマにしたこのような小説は、日本人にはなかなか書けないと思う。なぜなら、日本にはこのような制度(よその土地から人を捕まえてきて自国で奴隷として使う)が存在したことがなく、従ってこれを問題視する意識が低い。つまり、そのような発想が湧く環境にないのである。実際に奴隷制度があり、かつそれを撲滅した歴史をもつアメリカに生まれ育った作者ならではの発想だと思った。

 本の扉についている宇宙戦争のイラストは派手である。だからこの本を買ったときは、派手にドンパチやる話かと思った。ソービーはシス号に乗っていたときに、「火器管制員」という役割を任されていた。つまり兵器オペレーター(=戦闘員)である。海賊船がシス号に接近してきたときに、ソービーがこれを撃破するシーンは確かにある。しかしこれは作中では比較的地味に描かれており、それを敢えてこのような派手なイラストに仕立て上げたのは、本屋で立ち読みする客に「おや、おもしろそうだ」と思わせて買わせるための方便であろう。

 この作品のメインテーマは宇宙戦争ではない。奴隷貿易、人身売買のような社会問題を見たとき、市民(公民=Citizen)が、それぞれ、どのような責任を果たすべきなのかを考えさせるところにあると思う。


【蛇足】
 「銀河市民」を読むというのは、まあこれも「青春の忘れ物」のひとつだったわけで、今、読むことが出来て、しかも予想以上に面白くて満足している。昔読めなかった小説は他にもある。つまらなくて途中で投げ出したものもあったし、見るからに難しそうで最初から諦めたものもあった。そういうのをこれから少しずつ攻略していくのも、楽しいかも知れない。

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るるぶぅ

面白そうですけど、やはり難しいですね!!私の頭がついていかないのだと思います。映画化したらどうかな~と思います。
あまり関係ないかもしれませんが、私は理系の話になんでついていけないというか、頭に入ってこないのだろうとかんがえてみたのですが、小学生の頃は理科が好きでした。今日も子供の本にミジンコとかゾウリムシとかが出てきて、「あ~これ好きだったな」と思い出します。要するに私は小学生レベルで終わっているようなのです。あ~悲しい。詰め込み教育に追われ、自分でなぜだろうとか考えなかった結果でしょうか・・・
by るるぶぅ (2013-06-08 22:13) 

ひぐらし

るるぶぅさん、こんにちは。コメントありがとうございます。「難しい」というのはこの場合は、僕の立場を考えてくれた謙譲語だと解釈しました。正確には「興味なし」に近いのではないでしょうか。(笑) それは学問とか教養とかよりも純粋に「好み」の問題だと思うでので、しょうがないと思います。SFが好きな人もいれば歴史小説が好きな人もいるわけですから。
 日常接していない、あるいは接したことのない、テーマはわからないものです。

by ひぐらし (2013-06-09 22:32) 

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