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姪の結婚式その2(余談) [雑文]

(つづき)

 姪は、披露宴の席札を透明レジンの埋め込みで作ってくれた。招待客ひとりひとりの個性に合わせて、中にあしらう物を変えてある。これを35人分、すべて違うデザインで作ったというから大した物だ。心のこもったもてなしに感謝したい。
下は姉のもの。メインの皿の上のナプキンの上に置いてあった。
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 そしてこちらは僕のもの。機械設計のエンジニアということで歯車がちりばめられている。確かに機械をシンボリックにとらえようとすれば、思い浮かぶのはガチャガチャ動く歯車機構だ。
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***
 結婚式とか披露宴は、10年位前に会社の後輩に呼ばれて出たのが最後で、それ以来無かった。今回久々に出て、ひとつ気づいたというか、うすうす気づいていたが改めて認識したことがある。それは招待客たちが使っているカメラのことで、余談としてこのことをちょっと書いておきたい。(姪の結婚の話から、だいぶ離れるが、関連記事として)

 下の写真はウエディングケーキのカットのシーンだが、周りの人が使っているカメラが写っている。一番右の人はプロのカメラマンで、デジタル一眼レフ。一番左にいる女性も形からデジタル一眼レフとわかる。中央寄りの女性ふたりはスマホを使っている。スマホを使うのが現在の一番一般的なやり方のようだ。
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 かく言う僕は、コンパクトデジカメ(注1)。現代の流行に照らして見ると、これが一番マイナーだと思われる。(笑)よい写真をきちんと撮ろうと思ったら、一眼レフのようなよいレンズのものを使う。そうでなければ、以前はコンパクトカメラだったのだが、これが今、スマホになっている。もう、コンパクトカメラを使う人はほとんど見かけない。
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 中学生の頃に天文少年だった僕は、天体写真の撮影に憧れて、それ用の一眼レフカメラに興味をもった。でも中学生の小遣いで買えるようなものではなく、実際に入手することができたのは、大学を卒業して就職した年の1987年だった。これを使って、ずいぶんいろいろな写真を撮った。

 言うまでもないかも知れないが、この当時のカメラはフィルム式だった。かつての写真産業というのは、カメラを作るメーカーがあり、フィルムを作るメーカーがあり、そういう機材を販売するカメラ屋があり、撮影したフィルムを現像したり、プリントしたり、さらに焼き増ししたりする店があり・・・というふうに業界が分業して1セットでビジネスになっていた。(注2)

 しかし1995年カシオがデジタルカメラを売り出した頃から潮目が変わった。最初の頃は解像度が悪くて話にならないと思っていたが、これがどんどん良くなり、しまいには携帯電話が写真撮影の機能を持つようになった。これがスマホに受け継がれて、現在のこの状況である。上に書いたビジネスの構造が根本的に変わってしまった。というよりほとんど消滅してしまったと言った方が正確だ。

 こういうのは時代の流れだと言えばそれまでなのだが、ちょっと切なさを感じる。昔、カメラは時計と並んで精密機械の代表格だった。(注3)ことにカメラには「いじる楽しさ」があった。でも今はそれがない。精密機械ではなく電子機器になってしまった。

 自分が機械のエンジニアになったのは、簡単にいうとメカニズムが大好きだったからだが、機械というものは、進化すればするほどガチャガチャ動くところがなくなり、機械らしさがなくなるという変な矛盾を抱えている。しかし、それが進化の方向なら嘆いてもしょうがない。これから先もせいぜい、懐古趣味に浸るのを楽しみにしよう。


*****
(注1)コンパクトデジカメの他にデジタルの一眼レフも持っているが、少なくとも僕の撮影では、スナップ写真レベルだとコンパクトと一眼レフの差が顕著に現れないことに気づいて、それ以来コンパクトだけ使っている。レンズには周辺のゆがみがほとんど無く、光学ズームで20倍使える。しかも掌サイズ。だったらコンパクトの方がいい。ただしプラモを作ってこのブログに載せていた頃は、一眼レフを使っていた。マクロレンズを使えて、小さな部品の撮影で圧倒的に有利なので。

(注2)ヨドバシカメラとかビックカメラとかは、今では、すっかり家電量販店になっているが発祥はその名の通りカメラ屋だった。YouTubeで懐かしいCMを見つけたのでひとつ紹介する。1985年のヨドバシのCMで、一眼レフとコンパクトカメラをずらっと並べてアピールしている。
https://www.youtube.com/watch?v=Xmwh7UBZt_w

 一眼レフは、最近はプロか、そうでなければ写真に特別な思い入れのあるごく一部のアマチュアの物になった。コニカとミノルタは合併して、今は写真産業からは撤退した。僕の好きだったペンタックスはリコーに吸収されてしまった。昔から残っているカメラメーカーも、もう写真を主力にしていない。
 フィルムも同様で、かつて日本市場にあった富士、コニカ、コダックのうち、残っているのは富士だけだ。(よく生き残ったと思う)コダック(アメリカ)は一回倒産してそのあと再生して別の業種になったらしい。

(注3)カメラが精密機械であった所以はシャッターと、フィルムの巻き上げ機構で、これが連動していた。つまり二重露出を防ぐため、フィルムを送らなければ次のシャッターが切れないようになっていたし、シャッターを押さなければ巻き上げができないようになっていた。1回フィルムを装填してシャッターを切る回数は、36枚撮りフィルムでも、せいぜい40回。でもカメラの愛好家というのは、フィルムを入れずに空シャッターを切り、巻いてまた空シャッターを切る、という「いじる」習性がある。こういうのを入れたら、この機構の動作回数は膨大なものになる。それに耐えられるような設計をしなければならないわけで、そこには設計ノウハウがぎっしり詰まっていたに違いない。でも電子機器になったらこれが全く不要になってしまう。昔、必死で開発したカメラメーカーのエンジニアたちの気持ちを考えると切なくなる。


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青い森のヨッチン

就職してカシオのQV-10だったかを個人で購入して仕事で現場写真とかの撮影に使っていたら上司が便利だなぁといって会社の経費でも買ってくれました。
今でいうところのトイカメラみたいな画質でしたが現像せずにパソコンで見られるのは便利でしたねぇ
携帯もまだショルダーフォンみたいなサイズだったなぁ

姪御さん、お幸せに
by 青い森のヨッチン (2022-11-15 17:58) 

ひぐらし

ヨッチンさん、こんにちは。私が初めて見たデジカメもQV-10でした。新し物好きな知人が使っていました。
デジタル写真は今では、電子機器に写してみるのが普通ですが、当時は、まだ、フィルムカメラ全盛で、写真は紙にプリントするのが当たり前の時代でしたから、「フィルムカメラのプリントと比較して、デジカメなんて、とてもじゃないが使えるレベルではない」と思いました。
ヨッチンさんは当時からPCに写していたんですね。それが正しいやり方だと思います。笑

by ひぐらし (2022-11-18 23:23) 

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