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新田次郎 「孤高の人」 [読書]

 6月20日、話題の映画「剣岳・点の記」が公開された。月刊誌「山と渓谷」も、これに便乗し、6月号で「剣岳と新田次郎」という特集を組んでいたので買ってみた。新田次郎の小説の人気ランキングがあって、第1位になっていたのは、「孤高の人」だった。新田次郎の小説は一冊も読んだことがない。だから、まずはこれを読んでみようと思った。
(剣岳の映画の方は、多分混んでいると思うで、ピークが過ぎたあたりで観に行こうと思っている)

 さて。かつて加藤文太郎という人がいた。この人は、単独山行で有名だった人で、100kmの山道を17時間で歩くという超人的な脚力を持ち、大正の末から昭和の初めの頃に数々の記録を打ち立てた人だった。新田次郎がこの人に題材をとり、未亡人の強い要望で”加藤本人を実名で”小説化したのが「孤高の人」である。

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 登山には、昔から良いとされてきたやり方がある。その代表的なものが、「複数でパーティを組み、団体行動する」というものだと思う。この考え方が定着するのは極めて自然だ。いざと言う時に、互いに助け合うことが出来るからである。(注1) つまり定跡には、そうするだけの意味があるのだが、それが常識になったとき、これに従わない人を見ると、その非常識を咎めるようになる。加藤文太郎の単独行に出会ったパーティは加藤を一様に非難した。

 しかし、加藤文太郎は、単独でしか行動できない人だった。何しろ人と上手に付き合えない人だった。必ずしも人嫌いなわけではなかったが、その能力が常人のそれから、あまりにもかけ離れた、つまりは超人的なものだったため、定跡に従う必要がなかった。これが普通の登山者の反感を買った。山で出会ったパーティに加藤が挨拶しても、その表情が冷笑に誤解されて、ますます反感を買うことになった。天才とは孤独なものだ。

 一人でしか行動できないから、加藤は一人でいろいろな工夫をした。山の食事も加藤オリジナル。下宿の庭にテントを張って、寒中でのビバークに慣れるための訓練をした。会社に行くときは、いつも石ころを詰めた10キロの重さのリュックを背負って通った。計画も、山の天候の読み方も、いつも自分一人が頼りだから慎重の上に慎重を期した。そんな加藤が、一回だけパーティを組んだことがあった。そうせねばならない成り行きが有った。そのパーティ山行が仇になり、加藤は遭難してしまう。小説はそういう筋書きだった。

 考えた。ある事をするときに、それが危険がどうかは、全て、それをする人の熟練度合いを勘案して判断すべきことではなかろうか。

 自動車で高速道路に入り、時速100kmで走る行為は危険なことだろうか。それは普通のドライバーにとっては危険でも何でもない普通の行為だろう。でも運転免許を持っていない、ハンドルを始めて握る人にとっては危険どころの話ではない、死に直結する行為である。

 ではレース専用のサーキットを時速300kmで走る行為は危険か。これはF1ドライバーにとっては普通のことだ。でも普通のドライバーにとっては、いくらサーキットとは言え、極めて危険な行為だと思う。

 冬の日本アルプスに一人で登る行為は危険か。これは普通の登山者にとっては危険極まりないことだと誰もが思う。でも、加藤文太郎にとっては普通のことだったのだ。(ちなみに、5月上旬の雨の日に神奈川県の丹沢山に一人で登る行為はどうかというと、これは加藤文太郎にとっては朝飯前の行為だろう。でも登山初心者のひぐらしにとっては、大冒険だった(笑))

 小説に一貫しているのは、西部劇に出てくるアウトローのような、しびれるようなカッコよさ。しかも恋愛のエピソードも適度に織り込まれている。歴史的な背景も明確で、ストーリーに深みを増している。もちろん山岳の描写も素晴らしい。最後の遭難の場面は圧巻で、本から片時も目が離せなかった。でも、これから読む人もいるだろうから詳しくは語るまい。

 よい本を読み終えた後というのは、いつまでも興奮が尾を引くものだ。

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(注1) パーティを組んでも助け合えないケースもある。例えば10人のパーティで、リーダー1人が登山歴40年のベテラン、残り9人全員が初めて山に登る人だったとする。そこで運悪くリーダーがガケから転落してしまったとか、体調が急変して倒れてしまったらどうなるか。残り9人は右往左往して救助することもできず、また道がわからないから自力で下山することもできない。結局全員が遭難する。極端な例だが、要するに定跡も、その意味がわかっていないと全く無意味ということだ。
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