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平家物語を読みたい(15) 那須与一と扇の的 [読書]

 平家物語は全12巻であるが、クライマックスともいうべき屋島の合戦と壇ノ浦の合戦は第11巻に収録されている。今回書きたいのは屋島の合戦である。一ノ谷の合戦が終わって1年ほど経った1185年1月。都にいた義経は後白河院から、平家追討の院宣を受け、準備を開始した。

 2月17日の夜。出撃の予定であったその日は強風で、常識で考えれば、とても出航できないような悪天候であった。しかし義経は周囲の反対を押し切り、総勢200艘のうちのわずか5艘で出航した。そして普段なら3日かかるところを、強風のため、わずか6時間で勝浦(徳島県東部)に到着した。上陸した義経は地元の侍を案内人にして、陸路で屋島(現在の香川県高松市)へ進軍した。馬が50余頭乗っていたと書かれているから、勢力はわずか50騎強であったことになる。

 翌日、2月18日、義経軍は屋島の平家の陣に攻め込んだ。義経は少人数であることを悟られないように、一騎ずつではなくできるだけ数騎ずつ群れをなして、平家の前に姿を現したという。平家は大群であると勘違いして、みな舟にのって海上に逃がれ、陸と海で矢の打ち合いとなった。また、阿波、讃岐で平家に背いて源氏につこうとしていた侍が集まりはじめ、義経の軍はいつのまにか300騎ほどに増強されていった。

 その日、夕暮れになり、一時停戦というときに、平家方の船に一人の女性が現れ、赤い扇で真ん中に金色の日の丸を描いたものを竿に掲げて、これを射て見よというふうに陸へ合図をした。これを見た義経は、誰かあれを射る者はいないか、と部下に問うた。すると、味方の中に那須与一宗高(なすのよいちむねたか)という名手がいると知らされた。

 義経は与一に扇を射るように命じた。波に揺れ動く船の扇の的を射るのは至難の業であることは誰にでもわかる。指名された那須与一は一旦は尻込みしたが、命令に背くことは許さんと言われ覚悟を決めた。結果、見事命中させるのだが、ここの描写がスローモーションの映像を見ているようで実に美しいので、原文を紹介したい。

***
 与一目をふさいで、「南無八幡大菩薩、我国の明神、日光権現、宇都宮、那須のゆぜん大明神、願はくはあの扇のまンなか射させてたばせ給へ。これを射損ずる物ならば、弓きり折り自害して、人に二たび面をむかふべからず。いま一度本国へむかへんとおぼしめさば、この矢はづさせ給ふな」と、心のうちに祈念して、目を見ひらいたれば、風もすこし吹きよわり、扇も射よげになッたりける。与一鏑をとッてつがひ、よッぴいてひやうどはなつ。小兵といふぢやう十二束三伏、弓は強し、浦ひびく程長鳴して、あやまたず扇のかなめぎは一寸ばかりおいて、ひィふつとぞ射きッたる。鏑は海へ入りければ、扇は空へぞあがりける。しばしは虚空にひらめきけるが、春風に一もみ二もみもまれて、海へさッとぞ散ッたりける。夕日のかかやいたるに、みな紅の扇の日いだしたるが、白浪のうへにただよひ、うきぬ沈みぬゆられければ、奥には平家ふなばたをたたいて感じたり。陸には源氏箙をたたいてどよめきけり。
***

 さて、このあと、平家の船の上で興に乗った侍が舞いを始めた。これをみた与一は、この侍にも矢を命中させ、殺してしまった。そこから戦闘が再開したが、結局夕暮れで停戦。平家は、船を屋島の東側の志度というところへ移動させたが、源氏は陸路でこれを追跡し、平家は上陸できず、再び海に逃れた。このあとは壇ノ浦の合戦につづく。

 というわけで、ここは那須与一の最高にかっこいいシーンなのだが、それはそれとして、僕が気になったのは、扇の的を射よと挑発する女、的を射たことに浮かれて舞う男。このふたりの人物は一体何を考えているのだろう。ここは戦場であり、矢が飛び交っているのである。侍以外は船の底にじっとしていればよいものをそこにのこのこ出てきたら射殺されてもしかたない。実際、舞を舞った男は即座に射殺されている。恐怖のあまり気が触れたとしか解釈できない。 

 2005年の大河ドラマ「義経」では、このシーンがどのように描かれていたのか、一緒に勉強会をやっていた姉に聞いたところ、「あの扇を掲げる役目はたしか能子(よしこ)がやったんだよ」と教えてくれた。あとでシナリオ本で確認したところ、確かにその通り。時子(清盛の未亡人)が戦の行方を占うために、扇の的を射させるといいだし、その役目を能子(清盛が常盤御前に生ませた子、義経にとっては同腹の妹)が買って出た、という風に描かれている。

 大河ドラマ「義経」は、宮尾登美子の「宮尾本・平家物語」を原作にしているので、原作本も調べてみたが、こちらは女性の方は玉虫と言う名の女房とされている。つまり能子をここに登場させ、敵同士になってしまった兄と妹の対面という意味を持たせたのは、どうやら大河ドラマの脚本家のアイデアらしい。古典の平家物語が、現代の作家によって洗練されている。こういうのは見ていて興味深い。

 なお、この「扇の的」のエピソードは、神田松之丞(伯山)さんの講談がyoutubeにアップされていた。ぜひ紹介したい。この動画がいつまで存在するかは保証はできないが。
下記URL。
https://youtu.be/Wcz3mLFpOLo

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