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滝の白糸(1) [読書]

 中学生の頃から、大学生の頃まで、小説を読むのは好きだった。でも、最近ではすっかり、読まないようになって久しい。事実は小説よりも奇なり。本当にあったことの方が面白いと思うようになってからは、ノンフィクションばかり読んでいる。でも、昔読んだ小説をまた読み返すなんてことは、たまにする。
 流行の作品には疎いが、クラシックなものを紹介したい。泉鏡花の「滝の白糸」。ずいぶん昔の作品だから、部分的に転載しても、クレームはつかないと信じて、やってしまおう。

 「滝の白糸」というのは正式には「義血侠血」というタイトルの小説である。この小説が明治27年、読売新聞に連載小説として発表されたあと、新劇の舞台で公演されたときのタイトルがそのまま後世で通称となったものらしい。明治27年とは1894年であるから、この小説はかれこれ100年も前の作品ということになる。
 私がこの小説の存在を知ったきっかけは、カラオケであった。5年くらい前のことになる。スナックで飲んでいたとき、となりの客が歌っていた歌が、「金沢情話」という歌で、オープニングの画面に「泉鏡花『滝の白糸』より」と出た。「♪舞台の上の水芸は、裏にあります、からくりが…」歌詞ははっきり覚えていないが、歌詞や間に挟まれるせりふでストーリーがだいたいわかるようになっている、よくできた歌だった。そのストーリーに私は酒を飲むのも忘れてひきこまれた。
 次の休日、私は早速本屋に行き、この本を探しあてた(岩波文庫の「外科室、海城発電」という短編集の中のひとつ)。そして何度も繰り返し読んだ。感動した。以下、ストーリーを追いながら、作品の魅力と自分の感想を、順番に書いてみたい。
 なお、原文中で「渠」という言葉が多用されているが、これは「かれ」と読み、「彼」、「彼女」、「それ」等を意味する代名詞である。文語体であるが、本の中には親切にルビが振ってあって、さほど読みにくいことはない。

■冒頭
 越中高岡より倶利伽藍下の建場なる石動まで、四里八町が間を定時発の乗合馬車あり。賃銭の廉きが故に、旅客はおおかた人力車を捨ててこれに頼りぬ。車夫はその不景気を馬車会社に怨みて、人と馬のあつれき漸く甚だしくも、わずかに顔役の調和によりて、営業上相おかさざるを装へども、折に触れては紛乱を生ずることしばしばなりき。

 主人公は村越欣弥(むらこしきんや)という御者の青年、もう一人は、「滝の白糸」という芸名で名高い水芸の太夫、水島友である。ただし、原文中では、彼女はもっぱら芸名の「滝の白糸」または「白糸」と呼ばれている。
 村越欣弥は、もと法科の学生(当時の言葉で書生)であったが、家庭の事情で馬車会社で御者の仕事をしている。欣弥の引く馬車の経路は人力車と商売競争の激しいところで、客引きのため、欣弥の助手の少年が人力車より速いと言っては客を呼び込んでいた。客の一人に滝の白糸がいた。
 その日、馬車は人力車に遅れをとった。このため、馬車の客たちは欣弥を責め、「約束が違う」と詰め寄った。欣弥は「自分は人力車より速いと言った覚えはない」と言い返したが、「助手の少年が彼女(滝の白糸)に確かにそう言った」と客の一人が言った。すると欣弥は、突然、馬を馬車からはずし、滝の白糸を馬に乗せ、目的地まで走った。滝の白糸は、馬の上で気を失った。

 この出会いの場面は、滝の白糸の女性としての美しさと、欣弥の男性としての精悍さを実によく表現している。まずは滝の白糸の美貌を描写した部分。この部分からは、現代女性の美しさに通ずるものを感じる。

 その年頃は二十三、四、姿は強ひて満開の花の色を洗ひて、清楚たる葉桜の緑浅し。色白く、鼻筋通り、眉に力味ありて、眼色に幾分の凄味を帯び、見るだに涼しき美人なり。これ果たして何者なるか。髪は櫛巻きに束ねて、素顔を自慢に紅のみを点したり。

  次に欣弥が滝の白糸を馬に乗せて走る場面。

 御者は物をも言はず、美人を引抱えて、翻然と馬に跨りたり。(中略)御者は真一文字に馬を飛ばして、雲を霞と走りければ、美人は魂、身に添はず、目を閉ぢ、息を凝らし、五体を縮めて、力の限り渠の腰に縋りつ。風は啾々と両腋に起りて毛髪たち、道はさながら河のごとく、濁流脚下に奔注して、身はこれ虚空をまろぶに似たり。

 実にかっこいいではないか。若者が美しい女性を抱きかかえ、馬にまたがり疾走する場面は、映画なら、きっと、欣弥の真剣な顔、滝の白糸が目を閉じて欣弥にしがみつく様子、二人の髪や馬のたてがみが風になびく様子がスローモーションで映し出され、道端の風景が後ろに飛び去り、道行く人が目を丸くして見送るシーンになりそうである。
 舞台は、越中高岡(現在の富山県高岡市)であり、馬車の経路はここから石動(いするぎ)というところまでである。欣弥は気を失った滝の白糸を茶店におろして介抱をたのみ、すぐに走り去った。

(つづく)


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コメント 2

くるみ

ひぐらしさん、こんにちは♪
『滝の白糸』シリーズ、読ませて戴きました。
解説なしでは完全に挫折していたコトでしょう。。。という訳で、なんちゃってレトロ調はやめにしました(自爆)
何を書こうかなぁ~と思い『金沢情話』の歌詞を探してみました。
さすがにメロディーは汲み取れませんが、詩からちゃんとストーリーが分かるようになっていました。
アナログ(原作)からCD(ひぐらしさんの)、CDからMP3(歌詞)といった感じの集約感を感じました。
原作には手が伸びないかもですが、青空文庫からダウンロードもできそうなので、その気になったらいつでもGO、というコトだけは判りました(汗)
by くるみ (2006-03-30 20:30) 

ひぐらし

くるみさん。歌詞がネットで公開されてるんですねえ。知らなかった。このテーマでは、金田たつえのと、石川さゆりがありますね。
 公開されてる歌詞を見たら、記事に書いた僕のうろ覚えの歌詞、ちょっと違ってた。残念。
 原作は泉鏡花の文庫本の短編集の中で、厚さにして4mmくらいです。気軽に読める長さですよ。
by ひぐらし (2006-03-31 20:53) 

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