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上総鋏とOさん [雑文]

 うちのお袋は昭和10年(1935年)生まれで、今年84歳である。今でも地元(千葉県市原市)の中学校の同級生と仲良く付き合っている。少し前までは、一ヶ月に一回くらい、集まって食事会とかカラオケとかやっていたらしい。もっとも年齢が年齢だけに、一人二人と少しずつ鬼籍に入られて、そういうイベントもだんだん少なくなって来ているようだ。

 その同級生の中に、鋏をつくるOさんという鍛冶職人がいるという話を、前から聞かされていた。その人の鋏は、庭の剪定とか華道とかで使う、いわゆる植木鋏とかお花鋏とか言われるものらしい。うちのお袋も庭いじりが好きでその人の鋏をずっと愛用していた。

 最近、実家の台所が乱雑になっていたので、片付けてあげたところ、1本の小刀がでてきた。保存状態が悪く、台所の水気を帯びたところに放置されていたので、全体が真っ赤に錆びてしまっている。お袋は「それはOさんからもらったんだよ」と言っていた。

 デザインがなんとも言えず味わいがあるので、気に入ってしまった。そこでお袋からもらい受けて錆びを落とし、刃を研いで見たのが下の写真。ボロボロになっていたので切れるようになるまでにずいぶん身を減らしてしまったがなんとかものが切れるレベルになった。刃の部分には、鋼(ハガネ)が入っていて、ちゃんと刃文(はもん)(注1)が出ている。

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 さて、このOさんという人物、調べてみたところ、結構すごい人だということがわかった。この人の作る鋏は、上総鋏(かずさばさみ)というもので、昭和59年に千葉県の指定する「伝統的工芸品」に選ばれたのだそうだ。残念ながら後継者がいなくて、今はもう廃業してしまい、Oさんは娘さんの嫁ぎ先の近く(某県)で隠居しているそうである。この小刀は、(お袋のおぼろげな記憶では)伝統的工芸品に指定されたときに、同級生みんなにくれた記念品だったという。

 ネットで「上総鋏」「千葉県指定伝統的工芸品」というキーワードで検索するとOさんの名前はわかってしまうが、それだけの腕をもった名工だったということになる。後継者がいなくて失伝するというのは勿体ない。千葉県が伝統的工芸品に指定したというのは、こういう風にならないためではなかったのか・・・。嗚呼。残念。とは言うものの、科学技術が進歩して量産技術も発達してしまった。時代の流れによる不可抗力というのもあるのだろう。

 この小刀は緩やかに湾曲している。この曲がり具合は絶妙で、右手で握って刃を前に向けたとき、ちょうど刃が力の入る方向へ向くようになっている。実用本位のものだ。研ぎ上がりを一応お袋に見せたが、どうせお袋に返しても、またいい加減なところに置いてボロボロにしてしまうことが目に見えているので、僕の手元で保管することにした。

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(注1)刃文・・・「刃紋」とか「波紋」は刀剣用語としては誤記らしい。
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